済州、ドログバ獲得?年俸31億ウォンのオファー・・・外信報道
OSEN

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※一部要約

済州ユナイテッドがディディエ・ドログバにアプローチしたという外信の報道が出てきた。

8日、フランスメディア"ルディスポール"は済州がドログバ獲得のために具体的なオファーをしたと報じた。
"ルディスポール"は「韓国の済州からドログバが獲得オファーを受けた。済州が税抜き後の年俸で250万ユーロ(約31億ウォン)のオファーをした」と伝えた。

2015年から去年までアメリカメジャーリーグサッカーのモントリオール・インパクトでプレーしていたドログバは、契約満了で自由契約(FA)身分である。
移籍金が必要なくて、ドログバと条件さえ合えば十分獲得することができる。

プレミアリーグのチェルシーでプレーして名前を世界中に知らしめたドログバは、去年も正規リーグ25試合で10ゴールを決め、相変わらず優れた得点力を保持していることを誇った。
ドログバという名前が持つスター性も相変わらずである。



[オフィシャル] 日代表柴崎、"スペイン2部"テネリフェ移籍
ゴールドットコム




※一部要約

スペインセグンダ・ディビシオン(2部リーグ)クラブのテネリフェはHPで「柴崎がテネリフェの新選手になった。今年6月30日まで契約を結ぶ」と獲得を公式発表した。
メディカルテストまで終えた柴崎はもうすぐ選手団に正式合流する予定である。

紆余曲折の末に実現した移籍だ。
去年からスペインの舞台への進出を打診していた柴崎は、長い間移籍のオファーを待っていたが、説だけが生い茂って具体的な交渉は1月の移籍市場の終盤でも進まなかった。

最近では1部リーグクラブのラス・パルマスと移籍を議論しそうにみえたが、やはり"噂"に終わった。
交渉のため直接スペインまで行って無駄足になる危機だったが、ついにテネリフェとの契約が実現した。

一方、柴崎が新たに巣を作ったテネリフェは現在ラ・リーガ昇格プレーオフ進出のマジノ線である6位(勝ち点34)にいる。




[オフィシャル] 柴崎、スペイン2部テネリフェでヨーロッパ挑戦
スポータルコリア




※一部要約

柴崎は今の日本サッカー界を導く次世代走者に挙げられる。
鹿島アントラーズ所属で去年末のFIFAクラブワールドカップで名を上げた。
特にレアル・マドリードとの大会決勝戦で2ゴールを固め打ちするなど強烈な印象を残した。
大会のブロンズボールを受賞してその真価を認められた。



"特級待遇"クォン・スンテの年俸は1億円+α、全北GKの構想は?
スポーツ朝鮮




※一部要約

全北不動の守門将クォン・スンテが日本Jリーグの鹿島アントラーズに巣を移す。

クォン・スンテは27日に日本へ飛んでメディカルテストを通過し、旧正月当日だった28日に鹿島と入団契約した。
2014年に全北と5年の再契約をしたクォン・スンテの年俸は1億円(約10億ウォン)+αを越える水準だとわかった。
年俸1億円はJリーグの外国人選手の中で特級待遇に属する。

主将としてACL優勝を牽引したクォン・スンテの移籍は、全北にとっては大きな損失に違わない。
ポジション毎にダブルスカッドを構築していた全北だが、GKのポジションだけは例外だった。
AFC傘下の独立機構である出場管理機構(Entry Control Body・ECB)の決定により、今シーズンのACL出場が事実上不発となったが、クォン・スンテの代わりになる資源があらわれていないのが現実である。

全北にとって今シーズンはKリーグ優勝とACL再進出のための重要な岐路である。
クォン・スンテ空白の中、最後の砦であるGKが全北の目標達成のキーポジションに浮上している。






キム・ジンス、「私も優勝セレモニーをする」
OSEN




※一部要約

今シーズン全北現代のユニフォームを着ることになったキム・ジンスが優勝への強い欲を見せた。

キム・ジンスは満25歳に過ぎないが経験豊富だ。
日本Jリーグとドイツ・ブンデスリーガでプレーして様々な経験をした。
そのため全北はキム・ジンス獲得を躊躇しなかった。
ホッフェンハイムで立場が狭くなって1年余りまともにプレーできなかったにもかかわらず、全北がキム・ジンスを選んだ理由である。

全北のユニフォームを着ることになったキム・ジンスは優勝への強い欲を見せた。
彼は「全北に来たので最善を尽くして準備し、優勝できるよう努力するつもりだ。全北はとても魅力的なチームなので私は選んだ。色々と計算したことはなかった」と語った。

キム・ジンスは2017年の個人目標も優勝に設定した。
彼は「全北は優勝できるチームだ。全北が去年優勝してセレモニーをするのを見た。私もチームが優勝したらセレモニーをする」と目標を明かした。

キム・ジンスは今年、背番号22が刻まれたユニフォームを着ることになった。
22番はキム・ジンスが選んだ番号である。

これについてキム・ジンスは「2014ブラジルワールドカップ23人のリストに入ったときの背番号が22だった」として、「本当に切実だったし、ワールドカップに出るため熱心にやった記憶が浮かんできた。全北でもそのように切実にするつもりなので22番を選ぶことになった」と答えた。



[オフィシャル] クォン・スンテ、全北現代と別れ・・"日鹿島で新たな挑戦"
スターニュース




※一部要約

全州城の裏門を強固に守ってきたクォン・スンテが全北現代のユニフォームを脱ぐ。
クォン・スンテは日本鹿島アントラーズで新たな挑戦に出る。

全北現代は28日午前、「全北現代の主将クォン・スンテが11年間着慣れていた1番のユニフォームを脱ぐ」と公式発表した。

クォン・スンテに新たな挑戦の手を差し出したのは、去年のJリーグ優勝チーム鹿島アントラーズである。
全北現代は「1月初めに鹿島から獲得オファーを受けたクォン・スンテが、20日あまりの長い期間を悩んだ末に挑戦の機会を受け入れることにした」と明かした。

クォン・スンテは全北を代表するフランチャイズスターである。
2006年に全北に入団、Kリーグ301試合に出場して334失点、ACLでは47試合で57失点をそれぞれ記録した。


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クォン・スンテは「本当にかなりの時間悩みに悩んだ。簡単ではない決定だった。今でも全北を去るというのは実感がない。クラブハウスを去って足がおぼつかなかった」と別れることに対して残念な気持ちをあらわした。

クォン・スンテは「34歳で得た容易ではない機会で、初めてであり最後の機会だと思った。家族と私の最後の挑戦のために決めた。ファンの皆さんがすごく寂しいということをよくわかっている」と語った。

続けて「申し訳ない気持ちだが、応援してくださるなら日本に行っても堂々と全北のNo.1選手だったということを証明するのを見せたい」と覚悟を明かし、「全北を永遠に去るとは絶対に考えてない。Kリーグに帰ってくることになるなら全北に帰りたい」と他日を期した。


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